去年の花火は奇麗だった

去年の花火は綺麗だったのに、今年の花火はどうしてこんなに貧相に見えるのだろう。宿の窓から見える花火を眺めながら、ルカはぼんやりと考えていた。
ここがレグヌムではないからだろうか。王都の祭と比較すればどこだって見劣りしてしまう。とはいえ祭の規模も人通りもかなりのものだ。
ならば理由は明快だった、昼間にイリアと喧嘩をしてしまったからだ。発端はもう思い出せないし、別段珍しくもないことだ。
開いたままのページを何度目かの花火の灯りが照らす。
本当はイリアと祭を楽しみたかった。夜店をひやかしたかったし、花火だって一緒に見たかった。許されるなら手も繋いで。
ぱらぱらと火花が消える音に混じって、いつだか言われた言葉が浮かぶ。
「若いときの時間などあっという間だぞ」
とリカルドは言った。
「やりたい事はやりたいときにしなくちゃだめよ」
とアンジュは言った。
二人とも様々な経験を積んできたからか、言う事はどうも老成していた。時々お説教くさいと思いながらも、なんとなく聞いていた言葉。よりにもよってこんな時に浮かんでくるなんて、案外堪えているのかもしれない。
祭なんてまたどこかである、またその時に行けばいい。頭を振って迷いを払う。

ぱあっと何度目かの花火が空に昇り、開いた。真昼のような眩さが一瞬だけ訪れ、すぐに消える。光から一拍おいて轟音が響き、わあっと歓声があがった。
眩い光に照らされ見物客のシルエットが浮かぶ。その中には寄り添いあう恋人同士のものがいくつか見受けられた。
男性の方から女性に顔を寄せるシルエットがあった。女性もそれに応じるように上向き、顔のラインがひたりと溶けた。
「わ」
花火の合間を縫うようにして行われた行為は、秘め事のような賭け事のような危うさがあった。他人のキスシーンを見てしまった驚きと、人目を憚らぬ行動に思わずルカの頬も熱くなる。
再び昇る花火に照らされ、世界が白くなる。口付けをした男女のシルエットが薄れて顔が見えた。ひどく見覚えのあるふたり。
「えっ」
二人は笑っていた。鼻先も触れそうな近さで、リカルドは少し恥ずかしそうに、アンジュはとても嬉しそうに。まるで子供のように笑っていた。

「な、んだよそれぇ!」
前言撤回。
若いときの時間はあっという間。大人になったら出来ない。ただのお説教だと思っていたのに、なんてずるい人たちなのだろう!
それを自分たちでしてみせるなんて!

今更なんで来たのよなんて突っぱねられるかもしれないけれど、だからなんだというんだ。階段を勢いよく駆け下りたせいで、足がもつれた。だからなんだというんだ。

イリア、早く君に逢いたい。一緒に花火を見たい。時間は止まってくれない!

初出:2018/10/14
診断メーカーのお題:リカアンとルカで「去年の花火は奇麗だった」の書き出し、1150文字前後 とかでした
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