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202520252025202522 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
2月、牽制球
チョコの祭典を前にしたリカアン。現パロ・会話のみ・超短文。
「わたし、最近体鍛えてるんです」
「ほう」
「朝もジョギングしてるし、ジムもちょっと通ったりしてて。筋トレもやってるんです」
「……君が?」
「なんですかそれ、わたしだってやるときはやるんですよ」
「まあ、運動の習慣をつけるのはいいことだが」
「でしょう? それでですね、次の土日ってお暇ですか?」
「暇じゃない」
「なんで即答するかなぁ。さすがのわたしでも傷ついちゃいます」
「どうせデパートに連れていく気だろう」
「……バレちゃいました?」
「言っとくがひと月運動した程度じゃ対して体力はつかんぞ」
「だって、去年すぐ疲れちゃったから欲しいチョコ全然買えなかったんですもの。今年は絶対にリベンジしたいんです!」
「あれだけ買ってまだ足りなかったのか……」
「年に1回のお祭りなんですから。ね、リカルドさん、お願いです」
「……」
「今度は途中でバテませんから、ね?」
「……ここで言われてなければ結構な殺し文句なんだがな」
「なにか言いました?」
「いいやなにも」
「とにかく付き合ってくださるんですね? 約束ですよ」
「ただし土曜だけだぞ。日曜までは付き合わんからな」
「ええ、大丈夫です。バレンタインまで土曜日は2回ありますもの」
「……おい待て」
「うふふ、楽しみだなぁ」
畳む
チョコの祭典を前にしたリカアン。現パロ・会話のみ・超短文。
「わたし、最近体鍛えてるんです」
「ほう」
「朝もジョギングしてるし、ジムもちょっと通ったりしてて。筋トレもやってるんです」
「……君が?」
「なんですかそれ、わたしだってやるときはやるんですよ」
「まあ、運動の習慣をつけるのはいいことだが」
「でしょう? それでですね、次の土日ってお暇ですか?」
「暇じゃない」
「なんで即答するかなぁ。さすがのわたしでも傷ついちゃいます」
「どうせデパートに連れていく気だろう」
「……バレちゃいました?」
「言っとくがひと月運動した程度じゃ対して体力はつかんぞ」
「だって、去年すぐ疲れちゃったから欲しいチョコ全然買えなかったんですもの。今年は絶対にリベンジしたいんです!」
「あれだけ買ってまだ足りなかったのか……」
「年に1回のお祭りなんですから。ね、リカルドさん、お願いです」
「……」
「今度は途中でバテませんから、ね?」
「……ここで言われてなければ結構な殺し文句なんだがな」
「なにか言いました?」
「いいやなにも」
「とにかく付き合ってくださるんですね? 約束ですよ」
「ただし土曜だけだぞ。日曜までは付き合わんからな」
「ええ、大丈夫です。バレンタインまで土曜日は2回ありますもの」
「……おい待て」
「うふふ、楽しみだなぁ」
畳む
202520252025202511 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
おいてけぼり
ザレイズ時空、ゲーム終了後の話。アンジュさん不在のリカアン、ハッピーエンドではない
物事の始まりは静かだった。瞬きをひとつしただけで、見知らぬ世界に招かれた。
ならばやはり、物事の終わりも静かなのだろう。ぼんやりとした予想は見事的中。
リカルドが瞬きをひとつふたつしただけで、ルカ達は姿を消した。
目の前にいたはずのルカとイリアの姿はなかった。
隣はアンジュがいて、エルマーナと手をつないでいたはずだ。スパーダはルカのすぐ後ろにいただろうか。
コンウェイとキュキュはほんの少し離れた場所にいたが、それでもリカルドの視界にはいた。
だが、誰も彼も、ここにはいない。
ただっぴろい草原を風が吹き抜ける。ひゅう、という音がいやに大きく聞こえた。
つい先程まであった七人分の呼吸は、まるで最初から存在などしなかったかのように、きれいさっぱりと吹き流されていた。
「ねぇ」
背後からの呼びかけに振り返る。
リカルドの視線の先にいたのは、チトセだった。
「なんだ」
赤い着物を纏った少女が一歩、二歩と歩み寄る。草地を踏みしめるたび、ちりんと鳴くのは飾り鈴だ。
「あなた、置いて行かれたの?」
「お前もだろう」
人一人分の間隔をあけて並び立つ。指摘にチトセはなにも答えなかった。
常にマティウスに付き従う少女が、一人で動くなど相応の理由があるときだけだ。
特に、こんな世界の作りが変わるような瞬間にマティウスの側から離れるはずがない。だというのにチトセはこうしてひとり、リカルドの隣に立っている。
ならば示すべきことはひとつ。彼女もまた、置いて行かれたのだ。
「……ルカ君と、あの女も帰ったの?」
「そうらしい」
会話とは到底呼べないやり取り。誰かほかに人がいるのなら割って入るのだろうが、今ばかりは誰もいない。
威勢よく食って掛かるイリアも、困ったように止めるルカも、時折口を挟むスパーダもいない。
「ひとつ聞いていいかしら」
少女の問いに、リカルドは視線だけで返す。どうせやることもないのだ、会話に付き合うくらいはしてもいいだろう。
「マティウス様は元の世界に戻ったらどうなるの?」
まるく黒い瞳が見上げる。嘘を混ぜるかどうか逡巡し、やめた。
「マティウスはルカたちに倒され、お前も消える」
かつてリカルド自身が目にした事実。変えようのない現実。
チトセの唇がわずかに戦慄いた。泣くか叫ぶか、リカルドの予想に反し、少女はただ遠くを見やる。
「ばかなひと」
「……主に対して随分な言い分だな」
予想外の物言いに、思わず声が出た。
「だって、本当にそうだもの」
呆れたように、悲しそうに、チトセは笑う。胸の前で手を握る仕草は、祈る人のようだ。
「私がどれだけあの方を愛していても、あの方は地獄の方を選ぶのね」
「……ああ、そうだな」
どれだけ願っていても、どれだけ祈っていても、それは結局独りよがりでしかない。
自分が『こちらの世界』を望んで、彼女が『あちらの世界』を望めばそれだけで簡単に世界は分断される。
絆だ、契約だ、縁だ、そんなもの最初からなかったといわんばかりに。ぷつりと切れて残ったのは、ただ空を掻く自分の手だけで。
「まったく、ばかだ」畳む
ザレイズ時空、ゲーム終了後の話。アンジュさん不在のリカアン、ハッピーエンドではない
物事の始まりは静かだった。瞬きをひとつしただけで、見知らぬ世界に招かれた。
ならばやはり、物事の終わりも静かなのだろう。ぼんやりとした予想は見事的中。
リカルドが瞬きをひとつふたつしただけで、ルカ達は姿を消した。
目の前にいたはずのルカとイリアの姿はなかった。
隣はアンジュがいて、エルマーナと手をつないでいたはずだ。スパーダはルカのすぐ後ろにいただろうか。
コンウェイとキュキュはほんの少し離れた場所にいたが、それでもリカルドの視界にはいた。
だが、誰も彼も、ここにはいない。
ただっぴろい草原を風が吹き抜ける。ひゅう、という音がいやに大きく聞こえた。
つい先程まであった七人分の呼吸は、まるで最初から存在などしなかったかのように、きれいさっぱりと吹き流されていた。
「ねぇ」
背後からの呼びかけに振り返る。
リカルドの視線の先にいたのは、チトセだった。
「なんだ」
赤い着物を纏った少女が一歩、二歩と歩み寄る。草地を踏みしめるたび、ちりんと鳴くのは飾り鈴だ。
「あなた、置いて行かれたの?」
「お前もだろう」
人一人分の間隔をあけて並び立つ。指摘にチトセはなにも答えなかった。
常にマティウスに付き従う少女が、一人で動くなど相応の理由があるときだけだ。
特に、こんな世界の作りが変わるような瞬間にマティウスの側から離れるはずがない。だというのにチトセはこうしてひとり、リカルドの隣に立っている。
ならば示すべきことはひとつ。彼女もまた、置いて行かれたのだ。
「……ルカ君と、あの女も帰ったの?」
「そうらしい」
会話とは到底呼べないやり取り。誰かほかに人がいるのなら割って入るのだろうが、今ばかりは誰もいない。
威勢よく食って掛かるイリアも、困ったように止めるルカも、時折口を挟むスパーダもいない。
「ひとつ聞いていいかしら」
少女の問いに、リカルドは視線だけで返す。どうせやることもないのだ、会話に付き合うくらいはしてもいいだろう。
「マティウス様は元の世界に戻ったらどうなるの?」
まるく黒い瞳が見上げる。嘘を混ぜるかどうか逡巡し、やめた。
「マティウスはルカたちに倒され、お前も消える」
かつてリカルド自身が目にした事実。変えようのない現実。
チトセの唇がわずかに戦慄いた。泣くか叫ぶか、リカルドの予想に反し、少女はただ遠くを見やる。
「ばかなひと」
「……主に対して随分な言い分だな」
予想外の物言いに、思わず声が出た。
「だって、本当にそうだもの」
呆れたように、悲しそうに、チトセは笑う。胸の前で手を握る仕草は、祈る人のようだ。
「私がどれだけあの方を愛していても、あの方は地獄の方を選ぶのね」
「……ああ、そうだな」
どれだけ願っていても、どれだけ祈っていても、それは結局独りよがりでしかない。
自分が『こちらの世界』を望んで、彼女が『あちらの世界』を望めばそれだけで簡単に世界は分断される。
絆だ、契約だ、縁だ、そんなもの最初からなかったといわんばかりに。ぷつりと切れて残ったのは、ただ空を掻く自分の手だけで。
「まったく、ばかだ」畳む
よく食べる男と女
Privatterから移動。コンウェイ視点
食えるときに食えるだけがモットーの男と、食べるなら美味しいものが食べたいを信条とする女が上手くかみ合わないわけがなかった。
リカルドは細いからだの割によく食べる。
細いといっても身長はあるし、体力勝負の仕事をしているのだからおかしな話でもない。
好物はあるようだが、選り好みはしない。魚も肉も野菜もざらっと並べただけ食べる。甘味はそこまで好きではないようなので、食べてもひとくち程度だった。
アンジュは食欲の権化である。
標準サイズの体のどこに詰まるのだといいたくなる量を平らげる。
もちろん好き嫌いはしない。赤緑黄色と食材の種を問わずかつかつと食べる。脂分の多いものは避けるが、その代わり甘味をたらふく食べるのであまり意味はなかった。
なので、アンジュの肉はリカルドが食べる、その代わりリカルドの甘味をアンジュが食べるというような仕組みが出来上がっていた。
両者の間に会話はない。隣り合ったり向かい合ったりするテーブルの上、淡々と契約が交わされる。
アンジュが肉の皿を出すと、代わりにリカルドが甘味の皿を出す。
差し出された皿を取ると、そのまま自分の手元に置いて食す。数分もすれば皿にはソースがちろりと残るだけだ。
その間にどうぞ、とか、食べて、とか言葉が挟まる事は一度もない。自分の皿を差し出せば相手が引き取って食べてくれると信じて疑わないのだ。
一度だけ自分の料理をリカルドに差し出したことがあった。
アンジュの真似をして無言で、ただ目に付く場所に差し出した。
「自分の分は自分で食え」
返ってきた言葉がこれである。
おなかが一杯だから食べてくれと言うと、怪訝そうな顔をされた。何故俺がと言いたげな目をされた。
アンジュに同じようなことを試みた際も同じような反応だった。好物のストロベリータルトだったのに、である。
「お腹いっぱいだから」
そういいながら、自分とリカルドの分のタルトを食べるのであった。
食えるときに食えるだけがモットーの男と、食べるなら美味しいものをが信条の女。
惹かれあうべきは惹かれあうのだなと溜息をひとつ。つい浮かんだ呆れ顔を気取られないように、タルトにかぶりついた。畳む
Privatterから移動。コンウェイ視点
食えるときに食えるだけがモットーの男と、食べるなら美味しいものが食べたいを信条とする女が上手くかみ合わないわけがなかった。
リカルドは細いからだの割によく食べる。
細いといっても身長はあるし、体力勝負の仕事をしているのだからおかしな話でもない。
好物はあるようだが、選り好みはしない。魚も肉も野菜もざらっと並べただけ食べる。甘味はそこまで好きではないようなので、食べてもひとくち程度だった。
アンジュは食欲の権化である。
標準サイズの体のどこに詰まるのだといいたくなる量を平らげる。
もちろん好き嫌いはしない。赤緑黄色と食材の種を問わずかつかつと食べる。脂分の多いものは避けるが、その代わり甘味をたらふく食べるのであまり意味はなかった。
なので、アンジュの肉はリカルドが食べる、その代わりリカルドの甘味をアンジュが食べるというような仕組みが出来上がっていた。
両者の間に会話はない。隣り合ったり向かい合ったりするテーブルの上、淡々と契約が交わされる。
アンジュが肉の皿を出すと、代わりにリカルドが甘味の皿を出す。
差し出された皿を取ると、そのまま自分の手元に置いて食す。数分もすれば皿にはソースがちろりと残るだけだ。
その間にどうぞ、とか、食べて、とか言葉が挟まる事は一度もない。自分の皿を差し出せば相手が引き取って食べてくれると信じて疑わないのだ。
一度だけ自分の料理をリカルドに差し出したことがあった。
アンジュの真似をして無言で、ただ目に付く場所に差し出した。
「自分の分は自分で食え」
返ってきた言葉がこれである。
おなかが一杯だから食べてくれと言うと、怪訝そうな顔をされた。何故俺がと言いたげな目をされた。
アンジュに同じようなことを試みた際も同じような反応だった。好物のストロベリータルトだったのに、である。
「お腹いっぱいだから」
そういいながら、自分とリカルドの分のタルトを食べるのであった。
食えるときに食えるだけがモットーの男と、食べるなら美味しいものをが信条の女。
惹かれあうべきは惹かれあうのだなと溜息をひとつ。つい浮かんだ呆れ顔を気取られないように、タルトにかぶりついた。畳む
20242024202420241212 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
別れ際にキスをして
お題メーカーより。アルベール戦、死にネタ注意
「おやすみなさい、リカルドさん」
皆が眠りにつく時、アンジュは決まって最後にリカルドに挨拶をした。
ルカ、イリア、スパーダとエルマーナ、コンウェイ、キュキュ。最後にリカルド。
彼女がその順番にした理由は分からない。けれど、それぞれ割り当てられた部屋に戻るとき、あるいは野営地で自分の毛布に潜り込むとき、おやすみなさいを言う機会があれば、アンジュは決まって最後にリカルドの名を呼んだ。
名前を呼ばれた者は、みなあたたかな寝床に向かう。それが宿屋のベッドか擦り切れ始めた毛布かの違いはあったけれど、そこにあるのは安寧であったことは確かだ。
少なくともこんな冷たく、寒く、血の匂いが立ち込める場所ではない。
そして、相手に対し短剣を突きつけながら告げる言葉では、断じてないはずだ。
冷えた指先を叱咤し、イリアはハンドガンに手を伸ばす。真冬の石畳は少女の体温と血液を容赦なく吸い上げ、文字通り氷漬けにしてしまおうとしている。
「ちょっと、あんたらさっさと起きなさいよ!」
少し離れた場所で蹲るルカたちに叫ぶ。ルカは少しだけ反応したようだったが、またすぐに動かなくなった。スパーダとコンウェイは反応がなく、キュキュとエルマーナに至っては姿が見えなかった。
「エル! キュキュ!」
叫ぶ声は普段よりずっとか細く弱弱しい。これでは二人の耳に届くはずもない。
「リカルド、避けて」
もう銃は握れない。握れたとて、指が二本なくなっているのだから引鉄を引くこともままならない。
残った弾丸は声だった。避けてとありったけの力を振り絞って叫んでも、少しも飛んで行かない。黒いコートの背には届かない。
ライフルを杖に膝をつくリカルドを見下ろしながら、アンジュは両手を振り下ろす。
「おやすみなさい、リカルドさん」
息絶えたリカルドにアンジュは語り掛ける。数日前の夜とまるで変わらない温度、優しい挨拶。
男の頬をひと撫でしたあと、小さく口付けを落とす。恋人同士の挨拶のようにも見えたし、懺悔のようにも見えた。
ルカも、スパーダも、コンウェイも、誰も動かない。もうとっくに死んでいるのかもしれない。今この場に生きているのはイリアとアンジュだけだ。アルベールもスパーダの近くで倒れているが、きっとアンジュが治療するだろう。
「ねえ」
近づいてきたアンジュの服は血と泥で汚れ切っていた。袖口とスカートの部分はまだ比較的明るい赤だが、それもいずれ黒く朽ちた色になるのだろう。
「どうしてさっき、リカルドにキスしたの?」
寒い。質問はうまく唇に乗っただろうか。
「だって、最後だったから」
答えはすぐに帰ってきた。
石畳に寝転がったまま見上げているせいで、アンジュの顔は随分遠い。
「……記念にってこと? 変なの、今までやってなかったじゃない」
親しい者同士なら、別れ際や眠る前のキスは当たり前のことだ。なにも不思議なことではない。
「無理よ、恥ずかしいもの」
「なにそれ」
「私にもいろいろあるの」
普段と変わらない他愛のない会話。みんなでお菓子を囲んであれこれ話した夜と、まるで同じだ。場所だけがこんなに寒い。
かち、と金属の音がした。アンジュが短剣を握りなおしたのだろう、もう間もなくイリアの命も終わる。
「アタシにも、おやすみって言ってくれる?」
みんなにおやすみを言う時のアンジュは、いつも微笑んでいる。
五つしか変わらないのに、イリアからすればアンジュはずっと大人の女性に見えた。
お母さんみたいだと言えば怒られることは明白だから、口にしたことはない。けれど醸し出す雰囲気は母のそれだ。だからこそ、おやすみと言われる時は安心して眠りにつけた。
いつものように送り出してほしい。小さく笑って、すうっと眠れるようにしてほしい。
視界は霞みはじめ、体温は辛うじて心臓を動かすだけしか残っていない。見上げるアンジュの顔はよく見えないけれど、きっと笑ってはいないのだろう。
だから、イリアは笑う。
自分に残るアンジュの顔が笑顔であることを望んで、アンジュに残る自分の顔が笑顔であることを意識して。
笑って、いつものように軽口を飛ばす。振りかざされた切っ先を見つめながら。
「やだ、もう。そんな怖い顔しないでよ」
リカアンとイリアの話を書く萩乃さんには「おやすみなさい」で始まり、「そんな怖い顔しないでよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
https://shindanmaker.com/801664畳む
お題メーカーより。アルベール戦、死にネタ注意
「おやすみなさい、リカルドさん」
皆が眠りにつく時、アンジュは決まって最後にリカルドに挨拶をした。
ルカ、イリア、スパーダとエルマーナ、コンウェイ、キュキュ。最後にリカルド。
彼女がその順番にした理由は分からない。けれど、それぞれ割り当てられた部屋に戻るとき、あるいは野営地で自分の毛布に潜り込むとき、おやすみなさいを言う機会があれば、アンジュは決まって最後にリカルドの名を呼んだ。
名前を呼ばれた者は、みなあたたかな寝床に向かう。それが宿屋のベッドか擦り切れ始めた毛布かの違いはあったけれど、そこにあるのは安寧であったことは確かだ。
少なくともこんな冷たく、寒く、血の匂いが立ち込める場所ではない。
そして、相手に対し短剣を突きつけながら告げる言葉では、断じてないはずだ。
冷えた指先を叱咤し、イリアはハンドガンに手を伸ばす。真冬の石畳は少女の体温と血液を容赦なく吸い上げ、文字通り氷漬けにしてしまおうとしている。
「ちょっと、あんたらさっさと起きなさいよ!」
少し離れた場所で蹲るルカたちに叫ぶ。ルカは少しだけ反応したようだったが、またすぐに動かなくなった。スパーダとコンウェイは反応がなく、キュキュとエルマーナに至っては姿が見えなかった。
「エル! キュキュ!」
叫ぶ声は普段よりずっとか細く弱弱しい。これでは二人の耳に届くはずもない。
「リカルド、避けて」
もう銃は握れない。握れたとて、指が二本なくなっているのだから引鉄を引くこともままならない。
残った弾丸は声だった。避けてとありったけの力を振り絞って叫んでも、少しも飛んで行かない。黒いコートの背には届かない。
ライフルを杖に膝をつくリカルドを見下ろしながら、アンジュは両手を振り下ろす。
「おやすみなさい、リカルドさん」
息絶えたリカルドにアンジュは語り掛ける。数日前の夜とまるで変わらない温度、優しい挨拶。
男の頬をひと撫でしたあと、小さく口付けを落とす。恋人同士の挨拶のようにも見えたし、懺悔のようにも見えた。
ルカも、スパーダも、コンウェイも、誰も動かない。もうとっくに死んでいるのかもしれない。今この場に生きているのはイリアとアンジュだけだ。アルベールもスパーダの近くで倒れているが、きっとアンジュが治療するだろう。
「ねえ」
近づいてきたアンジュの服は血と泥で汚れ切っていた。袖口とスカートの部分はまだ比較的明るい赤だが、それもいずれ黒く朽ちた色になるのだろう。
「どうしてさっき、リカルドにキスしたの?」
寒い。質問はうまく唇に乗っただろうか。
「だって、最後だったから」
答えはすぐに帰ってきた。
石畳に寝転がったまま見上げているせいで、アンジュの顔は随分遠い。
「……記念にってこと? 変なの、今までやってなかったじゃない」
親しい者同士なら、別れ際や眠る前のキスは当たり前のことだ。なにも不思議なことではない。
「無理よ、恥ずかしいもの」
「なにそれ」
「私にもいろいろあるの」
普段と変わらない他愛のない会話。みんなでお菓子を囲んであれこれ話した夜と、まるで同じだ。場所だけがこんなに寒い。
かち、と金属の音がした。アンジュが短剣を握りなおしたのだろう、もう間もなくイリアの命も終わる。
「アタシにも、おやすみって言ってくれる?」
みんなにおやすみを言う時のアンジュは、いつも微笑んでいる。
五つしか変わらないのに、イリアからすればアンジュはずっと大人の女性に見えた。
お母さんみたいだと言えば怒られることは明白だから、口にしたことはない。けれど醸し出す雰囲気は母のそれだ。だからこそ、おやすみと言われる時は安心して眠りにつけた。
いつものように送り出してほしい。小さく笑って、すうっと眠れるようにしてほしい。
視界は霞みはじめ、体温は辛うじて心臓を動かすだけしか残っていない。見上げるアンジュの顔はよく見えないけれど、きっと笑ってはいないのだろう。
だから、イリアは笑う。
自分に残るアンジュの顔が笑顔であることを望んで、アンジュに残る自分の顔が笑顔であることを意識して。
笑って、いつものように軽口を飛ばす。振りかざされた切っ先を見つめながら。
「やだ、もう。そんな怖い顔しないでよ」
リカアンとイリアの話を書く萩乃さんには「おやすみなさい」で始まり、「そんな怖い顔しないでよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
https://shindanmaker.com/801664畳む
合鍵があったって
通常日記から移設。現パロリカアン、オチがない。
リカルドの部屋が散らかっていない。それすなわち、彼が職場から戻って来ていないことを示している。
とはいえ、全く戻って来ていないわけではないらしい。
洗濯機前には汚れ物と使った後のタオル、使用済みのコップが放置されているシンク。
少しゴミはあるようだが、大きなゴミ袋は見当たらない。収集日より前には一度帰ってきているのだろう。
テーブルに散らかったままの本、椅子に掛けたままの服。口が開いたまま放置されている鞄は、くったりとしたままソファに寝転がっている。
最後に、人一人分のへこみが残ったままのベッドを一瞥し、アンジュは、ほうと息を吐いた。
ため息に含まれた意味は、今は考えないことにする。
「……取り合えず、お洗濯からかしら」
上着を脱いで、シャツの袖を捲る。
洗濯機を開けると、前回の洗濯物がそのまま入っていた。おそらく回して乾燥まで済ませたのだろう、ドラム型洗濯機はこういうときに便利だ。
先住の洗濯物を引き出して、新しい洗濯物を放り込む。ボタンを押せばあとはすべてお任せだ。
その間に洗い物を済ませ、シンクを拭き上げる。コンロは一切使われた様子がないが、ついでに軽く掃除をしておいた。
散らばった本をまとめて机の端に置く。本来は本棚に戻すべきなのだろうが、仕事に関するものは場所が分からないためそのままにしておいた。
続いてベッドからシーツをはぎ取る。ダブルサイズのシーツは重く、少しだけ汗の匂いがする。
どれだけ替えてないのだろう。最後にアンジュがこの部屋を訪れたのは二週間以上前、恐らくそれから替わっていないはずだ。
「忙しいのはいいことだけど」
引き出しから新しいシーツを取り出し、張りなおす。
呟いた言葉はたわみひとつないシーツに吸い込まれない。一人なことも相まって、跳ね返ってくるような気すらする。
「いいことだけど、」
二度繰り返し、その先は飲み込む。
口に出してしまえば自分の狭量さを思い知ってしまう、そんな予感があった。
布団と枕を直していると、ふとサイドボードが目に入った。一番上には照明、その下には引き出しが二段。さらに下にはゴミ箱が入るだけの空間がある。
もしも。
背筋をさわり、良くない感覚が撫でる。
一番上の引き出しになにが入っているか、アンジュは知っている。リカルドの右手が慣れたように引き出しを開け、中に入っているものを摘まむ姿を何度も見ている。
見たところで何が分かるというの。
数なんて知らない。たとえ知っていたとしても、わざわざ数えるなんて真似は出来ない。
物事の隅を見てあれこれ読むのはよくない、と理解はしている。悪い癖だと自覚もしている。
なによりこれは『疑い』だ、リカルドへの――恋人に対しての。畳む
通常日記から移設。現パロリカアン、オチがない。
リカルドの部屋が散らかっていない。それすなわち、彼が職場から戻って来ていないことを示している。
とはいえ、全く戻って来ていないわけではないらしい。
洗濯機前には汚れ物と使った後のタオル、使用済みのコップが放置されているシンク。
少しゴミはあるようだが、大きなゴミ袋は見当たらない。収集日より前には一度帰ってきているのだろう。
テーブルに散らかったままの本、椅子に掛けたままの服。口が開いたまま放置されている鞄は、くったりとしたままソファに寝転がっている。
最後に、人一人分のへこみが残ったままのベッドを一瞥し、アンジュは、ほうと息を吐いた。
ため息に含まれた意味は、今は考えないことにする。
「……取り合えず、お洗濯からかしら」
上着を脱いで、シャツの袖を捲る。
洗濯機を開けると、前回の洗濯物がそのまま入っていた。おそらく回して乾燥まで済ませたのだろう、ドラム型洗濯機はこういうときに便利だ。
先住の洗濯物を引き出して、新しい洗濯物を放り込む。ボタンを押せばあとはすべてお任せだ。
その間に洗い物を済ませ、シンクを拭き上げる。コンロは一切使われた様子がないが、ついでに軽く掃除をしておいた。
散らばった本をまとめて机の端に置く。本来は本棚に戻すべきなのだろうが、仕事に関するものは場所が分からないためそのままにしておいた。
続いてベッドからシーツをはぎ取る。ダブルサイズのシーツは重く、少しだけ汗の匂いがする。
どれだけ替えてないのだろう。最後にアンジュがこの部屋を訪れたのは二週間以上前、恐らくそれから替わっていないはずだ。
「忙しいのはいいことだけど」
引き出しから新しいシーツを取り出し、張りなおす。
呟いた言葉はたわみひとつないシーツに吸い込まれない。一人なことも相まって、跳ね返ってくるような気すらする。
「いいことだけど、」
二度繰り返し、その先は飲み込む。
口に出してしまえば自分の狭量さを思い知ってしまう、そんな予感があった。
布団と枕を直していると、ふとサイドボードが目に入った。一番上には照明、その下には引き出しが二段。さらに下にはゴミ箱が入るだけの空間がある。
もしも。
背筋をさわり、良くない感覚が撫でる。
一番上の引き出しになにが入っているか、アンジュは知っている。リカルドの右手が慣れたように引き出しを開け、中に入っているものを摘まむ姿を何度も見ている。
見たところで何が分かるというの。
数なんて知らない。たとえ知っていたとしても、わざわざ数えるなんて真似は出来ない。
物事の隅を見てあれこれ読むのはよくない、と理解はしている。悪い癖だと自覚もしている。
なによりこれは『疑い』だ、リカルドへの――恋人に対しての。畳む
うわさばなし
女子会恋愛話。通常日記から移設。
「あんな、ルカ兄ちゃんから聞いたんやけど」
女子の噂話は大体同じ切り口から始まる。それは今も昔も変わらないらしい。
風呂上がり、まだ赤く火照る頬のままエルマーナがベッドの上で足を寛げた。
「リカルドのおっちゃん、体にめっちゃいっぱい傷あるらしいで」
「まあ、そりゃ傭兵だしね」
ずずいと身を乗り出すエルマーナに対し、イリアのリアクションはあまり芳しくなかった。
確かに傭兵という職業柄、体のあちこちに傷があってもおかしくはない。レグヌムとガラムの戦争はもう長く続いているのだ、その間に傷ひとつ負わずにいるなどまず有り得なかった。
「なんか腕にも背中にも、古いのから新しいのまでいーっぱいあるんやて」
「まあ、ここまで戦闘もあったしね。そりゃ新しい傷もあるんじゃないの?」
やはりイリアの反応は薄い。と同時にエルマーナの頬がぷくりと膨れた。
「アンジュ姉ちゃんは知ってた?」
「知ってるわよ」
水に濡れてカールがやわらかくなった髪にブラシを落とす。しゅるり、と微かに音がする。
「え」
「なんで知ってんの?」
「だって見たもの」
「えっ」
しゅるしゅる、ブラシを滑らせながらアンジュはこともなげに返した。視線は髪とブラシに落としたまま、途中でもつれに引っかかって動きが止まる。
「この間、山道で戦闘あったでしょう? あの後にね」
少しの間のあと、ああ、とふたつ声が漏れる。
先日、山道を抜ける途中でリカルドは左腕を負傷した。縫合が必要なほどの傷ではなかったが、出血が多かったことを思い出す。
「ああ、治療した時に見たってこと?」
「そうよ。当然じゃない」
うすく笑うような声に、赤い少女と紫色の少女がほうっと肩を落とす。乗り出していた身をベッドに戻すと、ぎしっと音がした。
ああびっくりした、と笑いあう声を耳にしながらアンジュはもう一度髪にブラシを滑らせる。もつれが解けたのを確認し、ゆるめの三つ編みにしていく。左右の肩に垂らすと、ブラシを荷物にしまい込んだ。
「まあ、それ以外でも見たことがあるんだけど」
えっ、と虚を突かれたような声がふたつ。と同時にアンジュはベッドに潜り込んだ。糊の効いたシーツがぱりぱり音を立てて、アンジュの体を包んでいく。
「わたし明日は朝食当番だからもう寝るね」
おやすみなさい、と告げると同時に目を閉じた。背後で慌てる気配がふたつあったが、気付かないふりをする。
「ちょお、姉ちゃんどういうこと?」
「アンジュ寝てないでしょ、ちゃんと説明しなさいってば!」
肩を揺さぶる手付きは少し強い。ねぇねぇと呼びかける声を耳にしながら、アンジュは浮かぶ笑いを堪えていた。畳む
女子会恋愛話。通常日記から移設。
「あんな、ルカ兄ちゃんから聞いたんやけど」
女子の噂話は大体同じ切り口から始まる。それは今も昔も変わらないらしい。
風呂上がり、まだ赤く火照る頬のままエルマーナがベッドの上で足を寛げた。
「リカルドのおっちゃん、体にめっちゃいっぱい傷あるらしいで」
「まあ、そりゃ傭兵だしね」
ずずいと身を乗り出すエルマーナに対し、イリアのリアクションはあまり芳しくなかった。
確かに傭兵という職業柄、体のあちこちに傷があってもおかしくはない。レグヌムとガラムの戦争はもう長く続いているのだ、その間に傷ひとつ負わずにいるなどまず有り得なかった。
「なんか腕にも背中にも、古いのから新しいのまでいーっぱいあるんやて」
「まあ、ここまで戦闘もあったしね。そりゃ新しい傷もあるんじゃないの?」
やはりイリアの反応は薄い。と同時にエルマーナの頬がぷくりと膨れた。
「アンジュ姉ちゃんは知ってた?」
「知ってるわよ」
水に濡れてカールがやわらかくなった髪にブラシを落とす。しゅるり、と微かに音がする。
「え」
「なんで知ってんの?」
「だって見たもの」
「えっ」
しゅるしゅる、ブラシを滑らせながらアンジュはこともなげに返した。視線は髪とブラシに落としたまま、途中でもつれに引っかかって動きが止まる。
「この間、山道で戦闘あったでしょう? あの後にね」
少しの間のあと、ああ、とふたつ声が漏れる。
先日、山道を抜ける途中でリカルドは左腕を負傷した。縫合が必要なほどの傷ではなかったが、出血が多かったことを思い出す。
「ああ、治療した時に見たってこと?」
「そうよ。当然じゃない」
うすく笑うような声に、赤い少女と紫色の少女がほうっと肩を落とす。乗り出していた身をベッドに戻すと、ぎしっと音がした。
ああびっくりした、と笑いあう声を耳にしながらアンジュはもう一度髪にブラシを滑らせる。もつれが解けたのを確認し、ゆるめの三つ編みにしていく。左右の肩に垂らすと、ブラシを荷物にしまい込んだ。
「まあ、それ以外でも見たことがあるんだけど」
えっ、と虚を突かれたような声がふたつ。と同時にアンジュはベッドに潜り込んだ。糊の効いたシーツがぱりぱり音を立てて、アンジュの体を包んでいく。
「わたし明日は朝食当番だからもう寝るね」
おやすみなさい、と告げると同時に目を閉じた。背後で慌てる気配がふたつあったが、気付かないふりをする。
「ちょお、姉ちゃんどういうこと?」
「アンジュ寝てないでしょ、ちゃんと説明しなさいってば!」
肩を揺さぶる手付きは少し強い。ねぇねぇと呼びかける声を耳にしながら、アンジュは浮かぶ笑いを堪えていた。畳む
雨の日のリカアン
通常日記からの移設です。
寝惚けた頭で「あめ?」と呟いた。ほとんど声にならない声だったけれど、わたしを抱いたままの人には聞こえたらしい。
「らしいな」
普段より低く気だるげな声。
意識を窓の外に向けると、変化が鮮明に耳に触れた。
途切れることのない雨音。蛇口を開いたままのような、川のすぐそばを歩いているような、そんな音だ。
「強いな」
「ええ」
段々と意識が冴えはじめる。雨脚の奥でどうっとなにか崩れるような音がした。雷だろうか。
「近い?」
「どうだろうな」
「落ちたかしら」
「さあ」
短いやり取りの間に、雷は二度鳴った。カーテンの向こうは暗いままで、光りはしなかった。
頭上でなにか呟くような声がした。うん、とも、ああ、とも取れない。舌打ちだったかもしれない。
彼は一度深く眠りに入ると、次に起きるまで時間がかかる。野営の時はすぐに寝て、誰よりも早く起きるから普段は眠りが浅いのだろう。
「ごめんなさい、起こしちゃって」
腕の中、そっと体を伸ばす。唇は顎のラインに触れた。ひげがちくりと刺さって少しだけ痛い。
「いや、いい」
背中と腰を抱いていた腕が動いた。夜着の上からでもしっかりとした手の感触が分かる。
手のひらは何度か位置を変えると、ある地点で止まった。おさまりのいい場所を見つけたようだ。
「……怖かったら、また起こしてくれ」
唇を額につけたまま、ひとこと。返事をするより早く彼は眠りの世界に戻ってしまった。
「……またって」
別に雨や雷が怖いわけじゃない。
この年齢にもなって雨音や稲光に怯えるなんて、そんなわけがない。子供じゃあるまいし。
けれど彼からすれば、わたしはまだ子供のようなものなのかもしれない。七つ、わたしとエルの歳の差と同じだ。
「もう」
小さく、聞こえない程度に呟く。また起こしてしまったら、それこそ雷が怖いからだと思われてしまう。
強くたくましい腕はわたしの体をしっかりと抱き、離さない。頭の上ではすうすうと規則正しい寝息が聞こえていて、眠りの深さを教えている。
大人の体をしているのに、そこだけ小さな子供のようで少しおかしい。笑いそうになるのをぐっとこらえ、男の胸に顔をくっつけた。
相変わらず雨脚は弱まることもなく、低く唸るような雷鳴が聞こえている。
低く心地よい心音に耳を傾ける。意識をそちらに向けるうちに、再び眠りの手が瞼に触れた。畳む
通常日記からの移設です。
寝惚けた頭で「あめ?」と呟いた。ほとんど声にならない声だったけれど、わたしを抱いたままの人には聞こえたらしい。
「らしいな」
普段より低く気だるげな声。
意識を窓の外に向けると、変化が鮮明に耳に触れた。
途切れることのない雨音。蛇口を開いたままのような、川のすぐそばを歩いているような、そんな音だ。
「強いな」
「ええ」
段々と意識が冴えはじめる。雨脚の奥でどうっとなにか崩れるような音がした。雷だろうか。
「近い?」
「どうだろうな」
「落ちたかしら」
「さあ」
短いやり取りの間に、雷は二度鳴った。カーテンの向こうは暗いままで、光りはしなかった。
頭上でなにか呟くような声がした。うん、とも、ああ、とも取れない。舌打ちだったかもしれない。
彼は一度深く眠りに入ると、次に起きるまで時間がかかる。野営の時はすぐに寝て、誰よりも早く起きるから普段は眠りが浅いのだろう。
「ごめんなさい、起こしちゃって」
腕の中、そっと体を伸ばす。唇は顎のラインに触れた。ひげがちくりと刺さって少しだけ痛い。
「いや、いい」
背中と腰を抱いていた腕が動いた。夜着の上からでもしっかりとした手の感触が分かる。
手のひらは何度か位置を変えると、ある地点で止まった。おさまりのいい場所を見つけたようだ。
「……怖かったら、また起こしてくれ」
唇を額につけたまま、ひとこと。返事をするより早く彼は眠りの世界に戻ってしまった。
「……またって」
別に雨や雷が怖いわけじゃない。
この年齢にもなって雨音や稲光に怯えるなんて、そんなわけがない。子供じゃあるまいし。
けれど彼からすれば、わたしはまだ子供のようなものなのかもしれない。七つ、わたしとエルの歳の差と同じだ。
「もう」
小さく、聞こえない程度に呟く。また起こしてしまったら、それこそ雷が怖いからだと思われてしまう。
強くたくましい腕はわたしの体をしっかりと抱き、離さない。頭の上ではすうすうと規則正しい寝息が聞こえていて、眠りの深さを教えている。
大人の体をしているのに、そこだけ小さな子供のようで少しおかしい。笑いそうになるのをぐっとこらえ、男の胸に顔をくっつけた。
相変わらず雨脚は弱まることもなく、低く唸るような雷鳴が聞こえている。
低く心地よい心音に耳を傾ける。意識をそちらに向けるうちに、再び眠りの手が瞼に触れた。畳む
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