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別れ際にキスをして
お題メーカーより。アルベール戦、死にネタ注意
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「おやすみなさい、リカルドさん」
皆が眠りにつく時、アンジュは決まって最後にリカルドに挨拶をした。
ルカ、イリア、スパーダとエルマーナ、コンウェイ、キュキュ。最後にリカルド。
彼女がその順番にした理由は分からない。けれど、それぞれ割り当てられた部屋に戻るとき、あるいは野営地で自分の毛布に潜り込むとき、おやすみなさいを言う機会があれば、アンジュは決まって最後にリカルドの名を呼んだ。
名前を呼ばれた者は、みなあたたかな寝床に向かう。それが宿屋のベッドか擦り切れ始めた毛布かの違いはあったけれど、そこにあるのは安寧であったことは確かだ。
少なくともこんな冷たく、寒く、血の匂いが立ち込める場所ではない。
そして、相手に対し短剣を突きつけながら告げる言葉では、断じてないはずだ。
冷えた指先を叱咤し、イリアはハンドガンに手を伸ばす。真冬の石畳は少女の体温と血液を容赦なく吸い上げ、文字通り氷漬けにしてしまおうとしている。
「ちょっと、あんたらさっさと起きなさいよ!」
少し離れた場所で蹲るルカたちに叫ぶ。ルカは少しだけ反応したようだったが、またすぐに動かなくなった。スパーダとコンウェイは反応がなく、キュキュとエルマーナに至っては姿が見えなかった。
「エル! キュキュ!」
叫ぶ声は普段よりずっとか細く弱弱しい。これでは二人の耳に届くはずもない。
「リカルド、避けて」
もう銃は握れない。握れたとて、指が二本なくなっているのだから引鉄を引くこともままならない。
残った弾丸は声だった。避けてとありったけの力を振り絞って叫んでも、少しも飛んで行かない。黒いコートの背には届かない。
ライフルを杖に膝をつくリカルドを見下ろしながら、アンジュは両手を振り下ろす。
「おやすみなさい、リカルドさん」
息絶えたリカルドにアンジュは語り掛ける。数日前の夜とまるで変わらない温度、優しい挨拶。
男の頬をひと撫でしたあと、小さく口付けを落とす。恋人同士の挨拶のようにも見えたし、懺悔のようにも見えた。
ルカも、スパーダも、コンウェイも、誰も動かない。もうとっくに死んでいるのかもしれない。今この場に生きているのはイリアとアンジュだけだ。アルベールもスパーダの近くで倒れているが、きっとアンジュが治療するだろう。
「ねえ」
近づいてきたアンジュの服は血と泥で汚れ切っていた。袖口とスカートの部分はまだ比較的明るい赤だが、それもいずれ黒く朽ちた色になるのだろう。
「どうしてさっき、リカルドにキスしたの?」
寒い。質問はうまく唇に乗っただろうか。
「だって、最後だったから」
答えはすぐに帰ってきた。
石畳に寝転がったまま見上げているせいで、アンジュの顔は随分遠い。
「……記念にってこと? 変なの、今までやってなかったじゃない」
親しい者同士なら、別れ際や眠る前のキスは当たり前のことだ。なにも不思議なことではない。
「無理よ、恥ずかしいもの」
「なにそれ」
「私にもいろいろあるの」
普段と変わらない他愛のない会話。みんなでお菓子を囲んであれこれ話した夜と、まるで同じだ。場所だけがこんなに寒い。
かち、と金属の音がした。アンジュが短剣を握りなおしたのだろう、もう間もなくイリアの命も終わる。
「アタシにも、おやすみって言ってくれる?」
みんなにおやすみを言う時のアンジュは、いつも微笑んでいる。
五つしか変わらないのに、イリアからすればアンジュはずっと大人の女性に見えた。
お母さんみたいだと言えば怒られることは明白だから、口にしたことはない。けれど醸し出す雰囲気は母のそれだ。だからこそ、おやすみと言われる時は安心して眠りにつけた。
いつものように送り出してほしい。小さく笑って、すうっと眠れるようにしてほしい。
視界は霞みはじめ、体温は辛うじて心臓を動かすだけしか残っていない。見上げるアンジュの顔はよく見えないけれど、きっと笑ってはいないのだろう。
だから、イリアは笑う。
自分に残るアンジュの顔が笑顔であることを望んで、アンジュに残る自分の顔が笑顔であることを意識して。
笑って、いつものように軽口を飛ばす。振りかざされた切っ先を見つめながら。
「やだ、もう。そんな怖い顔しないでよ」
リカアンとイリアの話を書く萩乃さんには「おやすみなさい」で始まり、「そんな怖い顔しないでよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
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2024.12.22 23:01:15
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お題メーカーより。アルベール戦、死にネタ注意
「おやすみなさい、リカルドさん」
皆が眠りにつく時、アンジュは決まって最後にリカルドに挨拶をした。
ルカ、イリア、スパーダとエルマーナ、コンウェイ、キュキュ。最後にリカルド。
彼女がその順番にした理由は分からない。けれど、それぞれ割り当てられた部屋に戻るとき、あるいは野営地で自分の毛布に潜り込むとき、おやすみなさいを言う機会があれば、アンジュは決まって最後にリカルドの名を呼んだ。
名前を呼ばれた者は、みなあたたかな寝床に向かう。それが宿屋のベッドか擦り切れ始めた毛布かの違いはあったけれど、そこにあるのは安寧であったことは確かだ。
少なくともこんな冷たく、寒く、血の匂いが立ち込める場所ではない。
そして、相手に対し短剣を突きつけながら告げる言葉では、断じてないはずだ。
冷えた指先を叱咤し、イリアはハンドガンに手を伸ばす。真冬の石畳は少女の体温と血液を容赦なく吸い上げ、文字通り氷漬けにしてしまおうとしている。
「ちょっと、あんたらさっさと起きなさいよ!」
少し離れた場所で蹲るルカたちに叫ぶ。ルカは少しだけ反応したようだったが、またすぐに動かなくなった。スパーダとコンウェイは反応がなく、キュキュとエルマーナに至っては姿が見えなかった。
「エル! キュキュ!」
叫ぶ声は普段よりずっとか細く弱弱しい。これでは二人の耳に届くはずもない。
「リカルド、避けて」
もう銃は握れない。握れたとて、指が二本なくなっているのだから引鉄を引くこともままならない。
残った弾丸は声だった。避けてとありったけの力を振り絞って叫んでも、少しも飛んで行かない。黒いコートの背には届かない。
ライフルを杖に膝をつくリカルドを見下ろしながら、アンジュは両手を振り下ろす。
「おやすみなさい、リカルドさん」
息絶えたリカルドにアンジュは語り掛ける。数日前の夜とまるで変わらない温度、優しい挨拶。
男の頬をひと撫でしたあと、小さく口付けを落とす。恋人同士の挨拶のようにも見えたし、懺悔のようにも見えた。
ルカも、スパーダも、コンウェイも、誰も動かない。もうとっくに死んでいるのかもしれない。今この場に生きているのはイリアとアンジュだけだ。アルベールもスパーダの近くで倒れているが、きっとアンジュが治療するだろう。
「ねえ」
近づいてきたアンジュの服は血と泥で汚れ切っていた。袖口とスカートの部分はまだ比較的明るい赤だが、それもいずれ黒く朽ちた色になるのだろう。
「どうしてさっき、リカルドにキスしたの?」
寒い。質問はうまく唇に乗っただろうか。
「だって、最後だったから」
答えはすぐに帰ってきた。
石畳に寝転がったまま見上げているせいで、アンジュの顔は随分遠い。
「……記念にってこと? 変なの、今までやってなかったじゃない」
親しい者同士なら、別れ際や眠る前のキスは当たり前のことだ。なにも不思議なことではない。
「無理よ、恥ずかしいもの」
「なにそれ」
「私にもいろいろあるの」
普段と変わらない他愛のない会話。みんなでお菓子を囲んであれこれ話した夜と、まるで同じだ。場所だけがこんなに寒い。
かち、と金属の音がした。アンジュが短剣を握りなおしたのだろう、もう間もなくイリアの命も終わる。
「アタシにも、おやすみって言ってくれる?」
みんなにおやすみを言う時のアンジュは、いつも微笑んでいる。
五つしか変わらないのに、イリアからすればアンジュはずっと大人の女性に見えた。
お母さんみたいだと言えば怒られることは明白だから、口にしたことはない。けれど醸し出す雰囲気は母のそれだ。だからこそ、おやすみと言われる時は安心して眠りにつけた。
いつものように送り出してほしい。小さく笑って、すうっと眠れるようにしてほしい。
視界は霞みはじめ、体温は辛うじて心臓を動かすだけしか残っていない。見上げるアンジュの顔はよく見えないけれど、きっと笑ってはいないのだろう。
だから、イリアは笑う。
自分に残るアンジュの顔が笑顔であることを望んで、アンジュに残る自分の顔が笑顔であることを意識して。
笑って、いつものように軽口を飛ばす。振りかざされた切っ先を見つめながら。
「やだ、もう。そんな怖い顔しないでよ」
リカアンとイリアの話を書く萩乃さんには「おやすみなさい」で始まり、「そんな怖い顔しないでよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
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