アイスクリームとホットコーヒー

「どこか出かけたいところはあるか」

夏の連休前日、ふと思い立ってアンジュに連絡をした。
既読がついて数秒後に、なにやら可愛らしいスタンプが送られてくる。喜ぶように両手を挙げたペンギンのキャラクターの名前をリカルドは知らない。

私、かき氷が食べたいです。と返事が来た。

かき氷。えらく渋い食べ物を選ぶのだなと意外に思った。
甘いものに目がない彼女なら、夏季限定パフェやらスイーツビュッフェやらに行きたがってもおかしくはない。ひとまず分かった、とだけ返事を送った。
「……これはかき氷なのか?」
次の日、アンジュに連れてこられた店の中。向かい合わせで座ったテーブルの真ん中に運ばれてきたそれを見て、リカルドは訝しんだ。
「かき氷ですよ?」
とアンジュは言う。明らかに彼女の顔と同じくらいの大きさをした山の正式名称は『ストロベリーフロマージュかき氷バニラアイスとフルーツソースを添えて』らしい。
リカルドの記憶の中のかき氷と形は似ているが、明らかにサイズと盛られているものが違う。シロップがかかった山の上には、練乳ではなくとろりとしたクリームがかかっており、山頂にはカットされたイチゴが三つ鎮座している。山裾にはバニラアイス、脇の小さな容器にはソースが入っている。ちなみにバニラアイスは器の底にもあるらしい。
これはもはや別の食べ物ではないだろうか。そう訝しんだが別の席でも感嘆の声が上がっている。今やかき氷はそういうものになっているらしい。
女性の心を掴むには昨今の流行りに敏感でなくてはいけないぞ、と記憶の中の義兄が笑ったような気がした。
その圧倒的な見た目にアンジュは大層喜んだ。何枚か写真を撮った後、いそいそと氷の山にスプーンを突き刺す。一口食べるとまた嬉しそうに身悶えた。
「リカルドさんは食べないんですか?」
「俺はいい」
店内は同じような男女連れで賑わっている。男女ともにかき氷を注文しているのは少数で、大体男の方はコーヒーか紅茶で場を凌いでいた。
「抹茶とかなら男の人でも食べられますよ?」
「自分が食べたいだけだろう」
そう言うとアンジュは少しだけ目をそらした。先程までメニューとにらめっこをしながら悩んでいたのを目の前で見ているのだ。なにをいわんやである。
かき氷の大きさに似合わない小さなスプーンで、氷の山はどんどん削られていく。一口ごとに幸せそうな顔をし、うっとりし、時々頭痛が来るのか顔を顰めたりと忙しい。
不意に何かに気づいたのか、アンジュがスプーンを差し出して来た。赤く色づいた氷と、とろりとしたクリーム。
「はい、あーん」
「やめろ」
物欲しそうに見えたのだろうか。いったんは拒否をするが、こうなるとアンジュは引かない。渋々口を開け、食んだ。
薄く削られた氷はすぐに口の中で溶ける。イチゴの甘さは作られたものではなく本物に近い。上にかかっていたクリームは風味も良く、一口食べれば上質なものだと分かる。
「美味い。が、甘い」
「もう、いつもそればっかり」
リカルドは甘いものが得意ではない。進んで食べることはないし、今飲んでいるコーヒーも砂糖は入れていない。こうやってアンジュに食べさせられる事もあるが、感想はいつも同じだ。
「でもよかった、一緒に来られて」
「別に俺とでなくてもよかっただろう」
アンジュは友人が多い。イリアでもキュキュでも、短大の友人もいるはずだ。何なら自分以外の甘いものを好む男と……は少々癪ではあるが、来ても良かっただろう。
「リカルドさん来たかったんです」
にこりと笑って、さも当然のように言う。彼女のこういうところに、リカルドは弱い。甘味巡りやバーゲンに付き合わされても断らないのは、ひとえにこれがあるからだ。
「ところで……こっちも頼んでいいですか?」
ふとアンジュが壁に飾られたメニューを見た。新メニュー・シトラスかき氷と書かれた文字。そして目の前には空になったガラスの器。
「……今食べたのはなんだ?」
「だってかき氷って軽いからお腹に溜まらないんですもの」
氷と幾らかのフルーツや、シロップなど軽いものでできているのだから溜まらないだろう。だがカロリーは確実にあるのだということを、リカルドはそっと伏せた。
「……温かい飲み物も頼んでおけ。さすがに二杯は冷えるぞ」
店員を呼びつけると、アンジュは早速シトラスかき氷を注文した。一緒に温かい紅茶も頼むのを耳で確認する。
「コーヒーをもう一杯、それから」
追加で抹茶のかき氷を頼んだ。サイズはもちろん小さいものにするのも忘れずに。店員が注文を繰り返し、席を離れたタイミングで、アンジュがリカルドさん、と名を呼んだ。
「やっぱり、リカルドさんと来てよかった」
花が綻ぶような笑顔と、声。ややあって運ばれてきた抹茶かき氷が見た目より甘く感じられたのは、きっと気のせいではないはずだ。

初出:2022/8/21 社会人(ガードルが社長)と短大生という設定
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